大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成3年(ワ)6962号 判決

東京都新宿区西新宿六丁目六番三号

原告

株式会社エス・エス・アイ

右代表者代表取締役

田中米藏

東京都世田谷区船橋六丁目一七番六号

田中孝顕こと

原告

田中米藏

原告両名訴訟代理人弁護士

江尻隆

右同

汐崎浩正

右訴訟復代理人弁護士

橋本健

右同

山田善一

右同

三森仁

アメリカ合衆国テキサス州ウェイコ ノース ヴァレー ミルズ ドライブ二五二四

被告

ポール・ジェイ・マイヤー

東京都港区麻布台三丁目五番五-一二〇一号

被告

ピー・ジェイ・エムジャパン株式会社

右代表者代表取締役

有田平

被告両名訴訟代理人弁護士

牛島信

右同

渡邉康

右同

田村幸太郎

右同

田邊護

右同

小野吉則

右同

荒関哲也

右同

片山昭人

右同

池袋真実

右同

權田光洋

右同

牛嶋龍之介

右同

石鍋毅

右同

井上治

右訴訟復代理人弁護士

長瀬博

主文

一  被告らは、被告ピー・ジェイ・エムジャパン株式会社の販売代理店及びその役員、従業員等に対し、別紙虚偽事実目録記載の趣旨の事項を口頭で陳述し、又は、右趣旨の事項を記載した文書を送付又は交付してはならない。

二  被告らは各自、原告株式会社エス・エス・アイに対し金三〇万円、原告田中米藏に対し金四五万円及びこれらに対する平成三年八月一四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は二〇分して、その一を被告らの、その余を原告らの負担とする。この判決の第二項は仮に報行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、別紙記載の謝罪広告を、日本経済新聞、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞に、縦二段、横一三センチメートルの大きさをもって、各一回ずつ掲載せよ。

2  被告らは、被告ピー・ジェイ・エムジャパン株式会社の販売代理店及び原告らの作成、販売にかかる自己啓発の印刷物、録音テープ、ビデオテープ等の自己啓発関係商品を購入する可能性のある者に対して働きかけをすることのある関係者に対し、原告らにつき、自分達の能力にも、自分達が販売しているプログラムにも自信がない、PJMジャパンを中傷してそのビジネスを無きものにして、自分達のビジネスを進展させようとしている、PJMジャパンに対する嫉妬からPJMジャパンを攻撃している、原告らの販売する商品の原著者であるナポレオン・ヒルが書いた本は一冊だけであり、アメリカでも評価されていないとの事実、及び原告らをブヨ、りんごにたかる虫、狼、サダム・フセインなどにたとえるとの表現を、直接口頭で陳述し、又はこれらの内容を記載した文書を流布してはならない。

3  被告らは各自、原告らに対し、連帯債権として、金二〇〇〇万円及びこれに対する平成三年八月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  第3項、第4項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  不正競争防止法に基づく請求

(一) 当事者及び競争関係

(1) 原告株式会社エス・エス・アイ(以下「原告会社」という。)は、自己啓発に関する書籍、プログラム等を販売する会社であり、原告田中米藏(以下「原告田中」という。)は、原告会社の代表取締役である。

(2) 被告ポール・ジェイ・マイヤー(以下「被告マイヤー」という。)は、米国において自己啓発のプログラムを商品化した人物であり、被告ピー・ジェイ・エムジャパン株式会社(以下「被告会社」という。)は、日本においてそのプログラムを販売する総代理店である。

(3) 原告らと被告らは、共に自己啓発に関する商品の販売に携わっており、互いに競争関係にある。

(二) 被告らの陳述流布行為

(1) 被告らは、被告マイヤーが"ANNOUNCEMENT FROM P.J. MEYER TO (HIS) AGENTS 3-30-91"という題名のもと一九九一年三月三〇日付で英文で作成し、被告会社がこれを日本語に翻訳した文書(甲第一号証。以下「本件文書」という。)を、被告会社の代理店に送付し、右書簡の内容を右各代理店の営業担当者を通じて、口頭で、不特定多数の一般人に対し告知させて、これを流布した。

(2) 本件文書には、次の内容の記載がある。

(ア) 一枚目第三段

「彼等は自分達自身にも、自分達の能力にも、また自分達が販売しているプログラムにも明らかに自信がないのです。・・・我々の血を吸わなければ生きていけないと思っているようです。」(以下「第一の記載」という。)

(イ) 二枚目第四段

「田中のように嫉妬し、憎悪や妬みを持ち、そして自己本位の人間・・・。こうした人間は、他の人の成功のゆえに嫉妬し、貪欲になるのです。」(以下「第二の記載」という。)

(ウ) 三枚目最終段2

「『THINK AND GROW RICH』という書物は、・・・。彼が書いたものは、この一冊だけです。彼が他に書いたものは、それがどういうタイトルであれ、どういう呼称であれ、『THINK AND GROW RICH』の原本に派生するものか、あるいはその類似物か、またはその模倣にすぎません。」(以下「第三の記載」という。)

(エ) 四枚目3

「ヒルは、その後、『成功の法則』、『成功の科学』などといった別のタイトルでこの本を売りながらその人生を送りました。売上げは上がらず、成功もしませんでした。」(以下「第四の記載」という。)

(三) 第一の記載ないし第四の記載が虚偽であることについて

(1) 第一の記載

この記載は、本件文書一枚目のそれまでの文脈から判断すれば、原告らが、被告会社の代理店に対して、原告会社の販売加盟店募集要領を送付したり、また、原告らが、各種出版物において、被告マイヤー及び被告会社が、ナポレオン・ヒル(以下「ヒル」ともいう。)の著作物を権限なく自己のプログラムに利用している事実を掲載したことについてのものと思われる。

しかし、競争関係にある同業他社及びその商品の短所を批判しながら自社の商品の優位を誇示することは、同業他社との競争に勝ち抜くためのいわば基本ルールとも言うべきものであり、そのこと自体をもって原告らが被告ら及び被告らの代理店に依存して営業していることにはならない。

また、原告らは、自らの営業活動について大きな自信を持ち、自ら販売するナポレオン・ヒル・プログラムについても絶大な自信を有するものである。すなわち、原告らのナポレオン・ヒル・プログラムは、遡ればヒルが一九三七年にアメリカで出版した著名な自己啓発書。"Think and Grow Rich"及び同じくヒルが一九二八年に出版した"Law of Success"から由来し、このように長い年月にも耐え得る普遍的な「成功の原則」を現代の日本人に向けて改良したものであり、そのプログラムの優位性については、これを日本で発売開始した平成元年以降の原告会社の売上高が示している(甲第三〇号証)。

原告会社は、このような長い歴史を誇るヒルの思想を具現したナポレオン・ヒル・プログラムを販売できることに大きな責任と誇りを感じている。また、原告会社の代表取締役であり、かつヒルの著書及び共著を何冊も翻訳している原告田中も、ナポレオン・ヒル・プログラムを販売できることに大きな責任と誇りを感じていることは言うまでもない。

以上のとおりであって、第一の記載は虚偽である。

(2) 第二の記載

被告らは、この陳述によって、成功の原理を唱える原告田中が、成功しておらず、かつ、被告らに対して嫉妬、憎悪、妬みの感情を持つ貧欲な人間であるという事実を述べているものと思われる。

しかし、原告田中は、現在原告会社の事務所を新宿副都心の高層ビルの一角に構え、その代表取締役として日々自分が興した事業の経営に携わっており、また、株式会社エス・エス・アイ・インターナショナル、株式会社騎虎書房(以下「騎虎書房」という。)など多くの関連会社の代表取締役社長を務めている。原告会社は多数の代理店を加盟させ、その売上げも前記のとおり好成績を収めている。

こうして、一代にして自己啓発ビジネスにおいて日本では有数の企業グループを築き上げた原告田中こそ成功者と言えるのであって、原告田中は、他人の成功のゆえに嫉妬し、貧欲になったり、憎悪や妬みを持つ人間ではない。

もっとも、原告田中は、自分や自分の会社及びナポレオン・ヒル・プログラムが被告らから不当に非難、攻撃された場合には敢然と反論するが、これは嫉妬、貧欲、憎悪及び妬みとは何ら関係がなく、専ら自己の名誉、自社の信用及び自社プログラムの商品価値を守るために行った必要不可欠な反論である。

以上のとおり、第二の記載は虚偽である。

(3) 第三の記載

ヒルの著作は、一九三七年発行の"Think and Grow Rich"のほかに次のものがある(甲第六号証)。

一九二八年発行 "The Law of Success"

一九三〇年発行 "The Magic Ladder to Success"

一九三九年発行 "How to Sell Your Way Through Life"

一九四五年発行 "Master Key to Riches"

一九五三年発行 "How to Raise Your Own Salary"

一九六〇年発行 "Success Through a Positive Mental Attitude"

(W・クレメント・ストーンと共著)

一九六七年発行 "Grow Rich with Peace of Mind"

一九七〇年発行 "Succeed and Grow Rich Through Persuasion"

一九七〇年発行 "You Can Work Your Own Miracles"

そして、"Think and Grow Rich"が出版された後のヒルの著作には、"Think and Grow Rich"では記述されていない新たな発想が認められる。一例を挙げれば、"Think and Grow Rich"の目次には、一九六〇年のストーンとの共著の題名の一部であり、原告会社のPMAプログラムの命名のもととなった"Positive Mental Attitude"という語句は現れない。また、一九五三年の著書のように昇給するための方法だとか、一九六七年の著書のように"Peace of Mind"(静寂な心)という内容の記述も"Think and Grow Rich"の目次からは見当たらないのである。

したがって、一九三七年以後のヒルの著作が全て"Think and Grow Rich"の原本に派生するものか、その類似物又はその模倣に過ぎないという第三の記載の事実は虚偽である。

(4) 第四の記載

ヒルが成功しなかったというのは、全く事実に反する。ヒルは前記のとおり多くの第一級の自己啓発書を執筆しただけでなく、自らが編み出した成功の法則を一般市民に普及させるべく、様々な教育活動をしてきた。

(ア) 一九一三年、シカゴ市ラサール、エクステンション大学の初代広報部長に就任し、広告宣伝活動及びセールスマンシップ(営業活動)の講座を生み出し、これらを後に同市のビジネス専修学校で自ら教示した。

(イ) 一九四二年、一七巻の学習教材「メンタル・ダイナマイト」を作成し、この教材は、アメリカ南部の紡績工場数か所で教えられていたことがある。

(ウ) 一九四三年、ジョージア州トコアのR・G・ルトルノー社の幹部社員を含めた従業員二〇〇〇人以上に対し、自分の哲学の一七原則を教示した。

(エ) 一九四七年から一九五〇年、ロスアンゼルス市のラジオ局KFWBで「ナポレオン・ヒル」と題する三〇分番組を毎週放送していた。

更に、ヒルは、一九一七年にはウィルソン大統領の広告担当補佐官として仕え、一九三三年から一九三六年までフランクリン・ルーズベルト大統領の顧問もしていたのである。また、ヒルは、多くのアメリカの著名な億万長者から、その成功哲学のすばらしさについて絶賛されているのである。また、ヒルの"Think and Grow Rich"は、アメリカのみならず、全世界で少なくとも二〇〇〇万部以上売れたベストセラーである。

以上から、第四の記載の事実は虚偽である。

(四) 第一の記載ないし第四の記載陳述における虚偽の事実は、いずれも原告会社及び原告田中のプログラム販売業者としての信用を害し、かつ原告田中の自己啓発書の著作者としての信用を害するものであるから、他人の営業上の信用を害するものと言える。

(五) したがって、また、被告らの第一の記載ないし第四の記載の流布行為によって、原告らの営業上の利益が害されるおそれがある。

(六) 故意、過失

被告マイヤーは、自分の系列の代理店を維持させ、求心力を保つとともに、自己啓発プログラム購入を希望する者が持つ原告らへの信用を害するために、原告ら及びナポレオン・ヒル・プログラムについて計画的に虚偽の事実を述べたものであり、これによって、被告会社の代理店も奮い立ち、原告らに対する新たな攻撃材料を手に営業活動を行ったことが推認され、また、被告代表者も、被告マイヤーの意向に賛成したと供述している。これらの事実から、被告らの故意が認められる。

仮に、被告らに故意が認められないとしても、被告らは、本件文書を代理店に送付することによって、その内容が不特定多数の一般人に広まることを予想し得たにもかかわらず、敢えてそれを止めなかったのであるから、被告らには少なくとも過失がある。

(七) 損害及び因果関係

被告会社の代理店の営業担当者が、自己啓発プログラムに興味を示すナポレオン・ヒル・プログラムの潜在的購入者に対して、原告ら及びナポレオン・ヒル・プログラムについて、本件文書の内容に合致した嘘言を弄して不安に陥れたため、原告らは本来販売し得たナポレオン・ヒル・プログラムを販売できず、各原告につき二〇〇〇万円、総額四〇〇〇万円を下らない損害を被った。

(八) 謝罪広告の必要性

自己啓発プログラムを販売する原告らにとっては、そのプログラムを販売する原告田中及びプログラム自体の優位性、正統性が極めて重要であり、一度毀損された信用を回復するには金銭賠償だけでは足りない。したがって、不特定多数の人に対して原告らの信用を回復させるためには、ナポレオン・ヒル・プログラムの購入層と購読者が一致する全国紙である日本経済新聞、朝日新聞、毎日新聞及び読売新聞に縦二段、横一三センチメートルの大きさの別紙謝罪広告を掲載させる必要がある。

2  不法行為に基づく請求

仮に、被告らの本件行為が不正競争防止法違反に該当しないとしても、原告らは予備的に、被告らの本件行為が不法行為による名誉毀損であることを主張する。

3  よって、原告らは、被告らに対し、主位的に本件口頭弁論終結時に施行されていた平成五年法律第四七号による改正前の不正競争防止法一条一項六号に基づいて虚偽の事実の陳述流布行為の差止め、同法一条の二第一項に基づいて損害金の内金二〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成三年八月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払い(連帯債権)並びに同法一条の二第四項に基づいて謝罪広告をそれぞれ求め、予備的に民法七〇九条、七一〇条に基づいて右同額の損害金の支払い及び同法七二三条に基づいて謝罪広告を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)の(1)ないし(3)の事実は認める。

2  請求原因1(二)(1)のうち、被告マイヤーが本件文書の原稿の原文を英語で書いたこと、それを被告会社が翻訳したことは認め、その余は否認する。本件文書は、被告マイヤーの私信として、被告会社の代理店の社長という特定人に対して送付されたものであり、他に伝播されることは全く意図されていなかった。また、各代理店に送付した点を捉らえて、本件文書を「流布」したと言えないことは勿論である。

同(2)(ア)ないし(エ)の事実は認める。

3(一)  請求原因1(三)(1)の第一段落のうち、第一の記載が、被告会社の代理店に対し原告らが原告会社の第一期加盟店募集要領を送付したことに対するものであることは認め、その余は否認する。第一の記載は、被告らがナポレオン・ヒルの著作物を権限なく自己のプログラムに利用している旨原告らが各種出版物に掲載したことに対するものではない。第一の記載は、右募集要領の送付のほか、「訪販ニュース」一九八九年三月一六日号の「『人生を成功に導く』ソフト」と題された記事、「セールス」一九八九年六月号の「自分の可能性を信じたい人のための自己変革プログラム」、一九八九年一〇月一〇日発行の「積極的心構えがあなたの人生を変える」初版の「ナポレオン・ヒル・プログラムをフルに活用したW・クレメント・ストーンの生き方」と題された文章、「日経ベンチャー」一九九〇年九月号の「成功を意識させ眠っているモチベーションを呼び起こせ」と題された記事広告に被告らの信用を害する虚偽の事実及び名誉を毀損する事実を掲載したこと及び河野千恵子が「成功を売る会社SMIの恐るべき実態」と題された書籍に被告らの営業上の信用を害する虚偽の事実及び名誉を毀損する事実を掲載したこと(以下、右の記事、記事広告、書籍等を総称して「先行記事広告等」という。)に対するものである。

同(1)の第二段落は否認する。先行記事広告等に原告らが掲載した記載は、単に、被告ら及びその商品の短所を批判しながら自社の商品の優位性を誇示するに過ぎないものではない。右記載は、原告らの商品と関連づけながら、被告ら及びその商品について虚偽の事実を述べており、被告らの営業上の信用を害するものである。また、右記載は、これを読む者に原告らと被告らとの相対的優劣関係を歪曲して印象づけることにより、被告ら及びその商品に対する信用が事実に反して不当に低く評価されるとともに、原告ら及びその商品に対する信用が事実に反して不当に高く評価されるものとなっている。第一の記載は、このような原告らによる被告らに対する中傷がなされたという事実を前提とし、これらの事実に基づいで、原告らの行為の主観面についての被告マイヤーの抽象的な見解の表明として、「我々の血を吸わなければ生きていけないと思っているようです。」と述べられているに過ぎない。

同(1)の第三、第四段落は知らない。第五段落は争う。

(二)  請求原因1(三)(2)のうち、第一段落は否認する。第二の記載は、原告らが先行記事広告等に被告らの営業上の信用を害する虚偽の事実及び名誉を毀損する事実を掲載したという具体的事実に基づいて、原告らの行為の主観面について抽象的な見解を表明したものであるに過ぎず、まして、「成功の原理を唱える原告田中が成功していない」という事実を述べたものではない。第二段落、第三段落は知らない。第二の記載は、具体的事実を離れた原告田中についての一般的な事実を述べたものではないがら、原告ら主張のような事実が仮にあったとしても、第二の記載が虚偽となるものではない。第四段落のうち、原告田中作成の陳述書(甲第一六号証)の中で原告田中が述べていることが、嫉妬、貪欲、憎悪及び妬みとは何ら関係がないかどうかは知らない。その余は否認する。

(三)  請求原因1(三)(3)第一段落のうち、一九二八年に"The Law of Success"、一九三七年に"Think and Grow Rich"、一九六〇年に"Success Through a Positive Mental Attitude"(W・クレメント・ストーンと共著)、一九六七年に"Grow Rich with Peace of Mind"、一九七〇年に"Succeed and Grow Rich Through Persuasion"(E・ハロルド・キーオンと共著)が発行されたことは認め、その余は知らない。原告らが主張の根拠とする甲第六号証は人名録であるが、出版社として同書に表記されている"James T. White & Company"は既に消滅しており、同書も既に絶版となっている。この種の人名録には、人名録に掲載される人又はその関係者が自ら情報を提供し、料金を支払って掲載する場合が多く、掲載された内容が客観的評価と言えない場合が多い。第三段落のうち、"Positive Mental Attitude"が一九六〇年のヒルとの共著の題名の一部であることは認め、その余は否認する。第三の記載は、ヒルが著した書籍は、ヒルが成功を収めた人々とのインタビューを通してその人達の成功原則をまとめた点で"Think and Grow Rich"とその内容が共通することを述べているに過ぎないことは、記載上明らかである。原告田中が"Think and Grow Rich"の翻訳であるとして、同人が代表取締役を務める騎虎書房から出版している「思考は現実化する(Ⅰ)」には、原告田中の補足説明として、「ナポレオン・ヒル博士は、本書、そしてナポレオン・ヒル・プログラム(巻末参照)を繰り返して学ぶと、積極的心構え(PMA)があなたの心に定着し、それが行動へと自ら推移するものであることを証明した。」と記載され、原告田中自身が"Think and Grow Rich"を繰り返し学ぶことにより得られるものが"Positive Mental Attitude"であることを認めている(同書一七九頁、乙第二〇号証)。また、同書一八三頁には「肯定的思考、あるいは積極的心構え(Positive Mental Attitude)を、深層自己説得の技術を用いて潜在意識に送り込めば、あなたは豊かさでも何でも、手に入れることができるのだ。」との記載もある。また、原告田中が、同じく"Think and Grow Rich"の翻訳であるとして騎虎書房から出版している「ナポレオン・ヒルの巨富を築く13の条件」(乙第二一号証)の四五頁にも同様の記載があり、"Think and Grow Rich"の原文に"Positive Mental Attitude"という語句が使われていないとしても、訳者の原告田中が"Positive Mental Attitude"又は「積極的心構え」という表現を使って原文の表現を言い換えているということは、"Positive Mental Attitude"と同一の考え方が同書において説かれていることを自ら認めていることに外ならず、原告らが"Positive Mental Attitude"が"Think and Grow Rich"には記述されていない新たな発想であると主張することは理解できない。

また、"How to Raise Your Own Salary"、"Grow Rich With Peace of Mind"というタイトルが"Think and Grow Rich "の目次の中に見当たらないからといって、両者に共通の内容の記述がないことにはならない。

まず、"Think and Grow Rick"に記載された一三の成功の原則を特定の場合に応用したのが"How to Raise Your Own Salary"の内容に過ぎない。次に、"Peace of Mind"という内容の記載については、原告田中が"Grow Rich with Peace of Mind"の翻訳であるとして騎虎書房から出版している「莫大な財産があなたの心に眠っている」(乙第二二号証)の八頁や、"Think and Grow Rich"の翻訳であるとして出版されている「思考は現実化する(Ⅲ)」(乙第二三号証)の二五一、二五二頁に同様の記載があり、同書では"Peace of Mind"の翻訳に相当する用語(「心の平安」)は直接使われていないものの、それと同一の考え方が説かれており、"Peace of Mind"が新たな発想であるとの原告らの主張は理解できない。

また、原告田中は、一九二八年初版発行の"The Law of Success"が初期プログラム、一九三七年発行の"Think and Grow Rich"がその改訂版、一九五三年に"The Law of Success"が"PMA Science of Success"に名称変更され一九六〇年に発行されたものがその改訂版の関係にあると述べている(甲第二一号証の一)。これは原告田中自身が一連のヒルの書籍が「派生」、「類似」などの関係にあることを認めているものに外ならない。第三段落は争う。

(四)  請求原因1(三)(4)のうち、第一段落((ア)から(エ)まで)、第二段落は知らない。ヒルについては、一九三〇年頃、その著作物である"Think and Grow Rich"が米国において比較的よく売れたことがあったものの、その売上げも大したものではなく、書籍以外の自己啓発プログラムの製造、販売等の事業分野においては悉く商品化に失敗し、何ら活発な活動をしないまま一旦引退しており、再びストーンに担ぎ出されてストーンの会社で商品化を試みたが、ストーンと論争した後、ストーンとの関係を解消し、一九六二年にはナポレオン・ヒル財団を創設したものである。同財団は、米国ではSMIと異なり、プログラム化された形態の商品の販売においてはさしたる業績もなく、経済的な成功を収めることはできなかったというのが真実である。第三段落は争う。

4  請求原因1(四)は否認ないし争う。

5  請求原因1(五)は否認ないし争う。

6  請求原因1(六)は否認する。被告らに故意はないし、仮に本件文書の内容が不特定多数人に伝播されていたとしても、被告らはそれを予想し得たものではないから、過失はない。

7  請求原因1(七)は否認する。

8  請求原因1(八)は否認ないし争う。原告田中は、本件文書が被告らの代理店の社長に送付された直後に右文書を入手し、これに対する反論と称して、一九九一年四月二日付の文書を作成し、被告らの代理店約一〇〇社に対して直接送付した。したがって、仮に被告らの行為によって原告らの営業上の信用が害されていたか、名誉が毀損されていたとしても、右送付文書によって十分回復されたものであり、謝罪広告の必要性は存しない。

9  請求原因2は否認ないし争う。本件文書中の各記載は、名誉毀損として類型的に予定された程度の違法性を具備しないから、名誉毀損に該当しないし、少なくとも違法性を欠く。さらに、右記載の表現に仮に侮辱的なものがあったとしても、社会通念上許される限度を超えるものとはいえない。

10  請求原因3は争う。

三  被告らの主張

被告らが本件文書を作成し、これを送付した目的は、被告ら及び被告らの商品である自己啓発プログラムが、原告らから雑誌、書籍等の中で種々の中傷を受けており、その一部について被告らが訴訟を提起し、裁判が係属中であったことから、被告会社の販売組織の一員である各代理店の社長に、同人らが販売しているプログラムに密接に関連する原告らの中傷に対して、被告らが自己の信用又は名誉を守るために訴訟での解決という道を選び訴えを提起していること及び右訴訟での被告らの主張の要約を報告するとともに、原告らの中傷に対する被告マイヤーの立場を明らかにするということにあった。本件文書の送付は、右の正当な目的に基づいてなされた行為であり、本件文書の内容は右の目的に合致したものである。

また、本件文書の送付の相手方は、原告らから中傷されている被告らの商品の販売組織の一員であるSMIプログラムを販売する代理店の社長に留まり、私信の形で送付されたに過ぎない。更に、被告マイヤーが、本件文書中で、「皆様一人ひとりにお願いしたいことは、彼等の代理店や顧客に話をしたり、また彼等を攻撃しないで頂きたいということです」と明示していることからも、本件文書の送付が、他に伝播されることを意図してなされたものでは全くないことが明らかである。このような送付の態様も、右の目的に必要な手段の範囲でなされているのである。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(一)の(1)ないし(3)(当事者及び競争関係)並びに被告マイヤーが本件文書の原稿の原文を英語で書き、それを被告会社が翻訳し、本件文書が被告会社の代理店に送付されたこと、及び本件文書に第一ないし第四の記載があることは当事者間に争いがない。

原告らは、被告らが本件文書の内容を各代理店の営業担当者を通じて、口頭で不特定多数の一般人に対し告知させて、流布した旨主張するが、右事実を認定するに足りる信用できる証拠はない。

二  そこで、第一ないし第四の記載が虚偽であるか否か及び原告らの信用を害するか否かについて判断する。

成立に争いのない甲第一号証、甲第六号証、甲第二一号証の一、乙第一号証、乙第四号証、乙第五号証の一ないし三、乙第六号証の一ないし一五、乙第七号証、乙第九号証、乙第一七号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第一五号証、甲第一九号証、甲第二九号証、乙第一九号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第三号証、甲第三一号証、乙第二号証、乙第三号証、乙第八号証、乙第一六号証及び被告会社代表者尋問の結果に当事者間に争いのない事実、当裁判所に顕著な事実を総合すれば、次の事実が認められる。

1  本件文書送付に至る経緯

(一)  被告会社は、昭和五三年六月一日、サクセス・マーケティング株式会社との商号で設立され、昭和五九年、被告マイヤーの著作する自己開発プログラム(以下「SMIプログラム」という。)の販売権を有する米国法人であるサクセス・モティベーション・インターナショナル・インコーポレーテッド(以下「SMII」という。)から日本における同プログラム販売の独占的権利を許諾され、同年、商号を現在の商号に変更した。

被告会社は、その商品を販売代理店を通じて販売しており、平成二年当時の販売代理店の数は約一五〇店、セールスマンの数は約八〇〇名であった。

(二)  原告田中は、昭和四〇年代後半頃、当時SMIIのプログラムの販売権を有していたサクセス・モティベーション・インスティテユート・オブ・ジャパン有限会社の代理店であったサクセス・アンリミテッド・ジャパンの下で、昭和五〇年代後半には同じく右会社の代理店であったサクセス・セラーズ東京の下で、それぞれ短期間ずつではあったが、SMIプログラムの販売にあたった経験があった。

原告田中が代表取締役を務める原告会社は、ナポレオン・ヒル財団が管理するヒル等の著作物についての、日本国内等における販売権を取得し、これをナポレオン・ヒル・プログラムと称してカセット・テープ等と組み合わせた商品とし、平成元年頃から、積極的な販売活動を開始した。そして、その頃、次のような記事等が発行された。

(1) 平成元年三月一六日付の訪販ニュースには、原告会社がその商品であるPMAプログラムを同年四月から販売するという記事が掲載されたが、その記事中には、「なお、日本国内に二十年前から紹介されているポールJ・マイヤーのSMIプログラムは、このナポレオン・ヒルのプログラムを元にして作られたもので、本家登場ということで今後の動きが注目される。」との記載があった。

(2) 雑誌セールスの一九八九年六月号に原告会社が掲載した、「自分の可能性を信じたい人のための自己変革プログラム あの“ナポレオン・ヒル”をあなたも日本に広げてみないか」と題する記事広告中には、「二〇数年前から日本では、このPMAプログラムを元にした、ポール・J・マイヤーのSMIプログラムがあるが、今回のプログラムがその本家本元である。SMIは、現在ナポレオン・ヒル財団の理事長であるM・クレメント・ストーンがマイヤー氏に資金提供して、ヒル博士の思想を普及させようとして創設されたものである。」との記載があった。

(3) 原告田中を発行者、騎虎書房を発行所とし、平成元年一〇月一〇日発行された「積極的心構えがあなたの人生を変える」と題する書籍には、ロバート・C・ブルックという筆者名で「ナポレオン・ヒル・プログラムをフルに活用したW・クレメント・ストーンの生き方」と題する文章が掲載され、その文章中には、「ストーンは、マイヤーがSMIプログラムを日本で販売することを知ったとき、彼自身がナポレオン・ヒル博士と共に推し進めていた、ナポレオン・ヒル・プログラムの日本での販売を遠慮するなどの気高い精神を発揮したとも言われている。というのも過去においても現在においても、ナポレオン・ヒル・プログラムに太刀打ちできるものはないからである。」、「こうしてマイヤーのSMIプログラムは、W・クレメント・ストーンのナポレオン・ヒル・スピリットによって花を咲かせることができた。そして日本上陸後二十数年経ったとき、ストーンはSMIも一人立ちできるまでになった、と判断したようで、初めてナポレオン・ヒル財団は、自由競争の精神のもとに自己開発プログラムの本流である、一連のナポレオン・ヒル・プログラムを日本でも普及させる決断をしたと聞く。」との記載がある。

(4) 日経BP社発行の雑誌日経ベンチャー一九九〇年九月号に原告会社が掲載した「成功を意識させ眠っているモチベーションを呼び起こす 混迷の時代にあって続々と成功者を輩出する『ナポレオン・ヒル・プログラム』」と題する記事広告中には、「日本でもヤル気と成功に関する類似プログラムとしてSMIプログラムと称するものがあるが、これもヒル博士の成功哲学の普及からスタートし、現在の中心的プログラム(DHPプログラム)も、そのもととなったアイディアはナポレオン・ヒル・プログラムからきている。このようにナポレオン・ヒル・プログラムは様々な亜流を生み出しつつ発展してきた。」との記載があった。

(三)  原告会社は、平成元年三月頃、ナポレオン・ヒル財団日本ディヴィジョンの名で、被告会社の代理店三〇店以上に対し、「第1期/販売加盟店募集要領」を送付した。右要領の中には、ナポレオン・ヒル・プログラムの内容、優位性のほか、代理店開業資金の内訳やセールスパースン一人当たりの標準売上げ一覧表が記載され、更に前記訪販ニュースの記事の写しも添付されていた。

(四)  右(二)のような広告、とりわけ、(二)(2)の雑誌セールスの記事広告及び(二)(4)の雑誌日経ベンチャーの記事広告については、全国の被告会社の販売代理店のほとんどである一二〇ないし一三〇店から、一部のユーザーや見込み客が被告会社の商品に疑いをもっているとの報告と共に、記事広告の内容が真実かどうかの確認と、真実でないなら記事広告を止めるように働きかけてほしい旨の要望があった。

2  別件訴訟の提起とその結果

被告ら及びSMIIは、右1の各記事等は、いずれも原告らが、被告会社と競合する事業を展開するに際して、自己の営業を有利に進めるため、悪意に満ちた虚偽の主張をしているものと考え、右のうち、雑誌セールス及び雑誌日経ベンチャーの各記事広告について、原告らが被告らの営業上の信用を害する虚偽の陳述を流布したものとして、平成二年五月二二日、当裁判所に謝罪広告等を求める訴えを提起した(東京地方裁判所平成二年(ワ)第六〇二一号事件)。

当裁判所は、本件訴訟と併行して右事件の審理を進め、雑誌セールス及び雑誌日経ベンチャーの各記事広告中、前記1(二)の(2)及び(4)記載の部分は虚偽であるものとの判断に達した。

3  平成三年三月上旬に、全国の被告会社の販売代理店の社長が集まって会議をした際、参加者から、原告会社やその販売員から被告会社の販売代理店の仕事の邪魔、誹謗、中傷がある旨の報告があったので、そのことを、被告会社から被告マイヤーに伝えたところ、被告マイヤーが、代理店の社長に対して右2の訴訟の状況を知らせ、判決があるまでは時間がかかることが予想されるので、忍耐が必要であることを理解し、心を静めてもらうための手紙を英文で書き、これを被告会社に送り、被告会社が、被告マイヤーの指示に従って、これを日本語に翻訳して、一二〇社ないし一三〇社の販売代理店の社長あてに送った。これが本件文書である。

4  本件文書の内容

本件文書は、右別件訴訟の訴え提起後の一九九一年(平成三年)三月三〇日付の文書であり、「田中孝顕、SSI、ナポレオン・ヒル財団、及び河野千恵子に関する件」と題されている。

本件文書は、まず、「親愛なる 様」とそれぞれの代理店の代表者の名が記された上、本文第一段落及び第二段落に、「皆様ご承知のように、田中孝顕、ナポレオン・ヒル財団、及び元代理店のセールズ・リプリゼンタティブである河野千恵子は、PJMジャパンと競合しようと願っています。」、「彼等は大部分の会社が行っているようなリクルーティング、トレーニング、及び独自の見込客発見という手段を用いてビジネスを築き上げていくよりも、むしろ、私自身、有田さん、そしてPJMジャパンに対して中傷をするという非道徳的な道を選択しております。彼等は、あなたをPJMジャパンの代理店から彼等の代理店へと鞍替えさせ、我々のビジネスを崩壊させて自分達のビジネスを築き上げて行くことを望んでいるのです。」と記載されている。

第三段落は、第一の記載を含む段落であり、その全文は、「彼等は自分達自身にも、自分達の能力にも、また自分達が販売しているプログラムにも明らかに自信がないのです。日本には、一億二千万の人口があるにも拘らず、鯨に取りついた蛭のように我々の血を吸わなければ生きていけないと思っているようです。PJMジャパンは、わずか八〇〇人です。しかし、彼等は我々のビジネスを無きものとすれば自分達のビジネスが進展するものと考えています。」というもので、これに続く第四段落は、「このことは、嫉妬、自信の欠如、憎悪、そして我々がここに掲げることの出来る、その他のあらゆる類似語に起因しているのです。」と記されている。

そして、第五段落は、別件訴訟に触れ、「勿論、我々は我々自身を防御する姿勢を取ってきました。我々は、裁判所の救済を求めております-それが日本における公正な方法です。」等と記した上で、第六ないし第八段落では、被告マイヤーらが関与した別の訴訟にも触れながら、訴訟の審理には時間がかかるが正義は必ず勝つこと、各代理店は被告会社の代理店であることを希望するか決断しなければならないことを述べ、それに続く第九段落において、第二の記載を含む「真実は、常に勝利を納めると、私は信じています。我々は、田中並びにナポレオン・ヒル財団に対して、法廷で勝利を納めることを、私は信じております。我々はまさに熱い太陽の下でブヨ(蚋)に攻撃されている象のように、彼等の妨害に大なり小なり耐えなければなりません。田中のように嫉妬し、憎悪や妬みを持ち、そして自己本位の人間は、世界に必ず存在してきたことを知っています。こうした人間は、他の人の成功のゆえに嫉妬し、貪欲になるのです。アメリカに次のような諺があります。1.人は、絹の帽子をかぶった人に雪を投げたくなる。2.一番大きいリンゴには虫がたかるものだ。3.狼は最も肥った羊を狙う。」との記載がある。

そして、続く第一〇段落では、世界中の「日本叩き」が日本への嫉妬に由来することを述べ、更に第一一段落では、結びに当たり、としてナポレオン・ヒル、彼の著作、書物、ナポレオン・ヒル財団について、6項にわたって記述しているが、その2項が第三の記載を含むもので、その全文は、「「THINK AND GROW RICH」という書物は成功を納めた人々とのインタビューを通してその人達の成功原則をまとめたものとされています。彼が書いたものは、この一冊だけです。彼が他に書いたものは、それがどういうタイトルであれ、どういう呼称であれ、「THINK AND GROW RICH」の原本に派生するものか、あるいはその類似物か、またはその模倣にすぎません。米国で、約五ドル位で長年に亘って、販売された書物です。」というものである。また、その3項が第四の記載を含むもので、第四の記載に続いて「総売上げ額は、微々たるものでした。日本におけるPJMジャパンの代理店の中の一社は、ヒルが一〇年かけて売上げたもの-それが一九三〇年代であれ、一九四〇年代であれ、一九五〇年代であれ-以上の売上げを一年で達成しています。」と記されている。

5  ヒルの経歴等

ヒルは、一八八三年、アメリカ合衆国ヴァージニア州に生まれ、一九〇八年、ボブ・テイラーズ・マガジンの記者となり、成功者の談話を特集する企画をまかされ、その中でアンドリュー・カーネギーにインタビューしたところ、同人から成功の原理を研究して、成功についての哲学をまとめるよう勧められ、以後、約五〇〇人の成功者と呼ばれる人達へのインタビューをもとに、一九二八年、「The Law of Success」を出版した。その後、一九三〇年に、「The Magic Ladder to Success」、一九三七年には「Think and Grow Rich」、一九三九年には「How to Sell Your Way Through Life」、一九四五年には「Master Key to Riches」、一九五三年には「How to Raise Your Own Salary」、一九六〇年には「Success Through a Positive Mental Attitude」(W・クレメント・ストーンと共著)、一九六七年には「Grow Rich with Peace of Mind」、一九七〇年には「Succeed and Grow Rich Through Persuasion」(E・ハロルド・キーオンと共著)及び「You Can Work Your Own Miracles」と、次々と成功に関する著作を発表し、同年一一月に死去した。このうち、「The Law of Success」は、一六の成功に関する原則を記載したものであり、その中には成功の原則の一つとして「マスターマインド」についての記載がある。「Think and Grow Rich」は、「思考は物体である」、「願望」、「信念」、「自己暗示」、「専門知識」、「想像力」、「計画の組織化」、「決断力」、「忍耐力」、「マスターマインドの力」、「性衝動の転換の神秘」、「潜在意識」、「頭脳」、「第六感」、「恐怖の六つの幻影」という一五の章から構成されている。この著作は、ヒルの著作の中でも、最もよく読まれ、外国でも翻訳、出版された。アメリカ合衆国で販売されたこの著作の印刷部数は、同書の一九四二年版の記載によれば、一九三七年に三刷、三万五〇〇〇部、一九三八年に一刷、二万部、一九三九年に二刷、二万部、一九四〇年に二刷、二万部、一九四一年に一刷一万一五〇〇部、一九四二年に少なくとも一万部となっている。右の二冊の著書は、ヒルが死亡した一九七〇年当時も継続出版されており、被告マイヤーが一九六〇年に自己啓発についての著書をレコードにして販売する事業を始めた時最初に商品化したのは「Think and Grow Rich」であり、また、一九八五年頃以後も、被告マイヤーが実権を握るSMIが雑誌の綴込広告で自社のユーザーになるべき人に同書のテープを無料で送る旨宣伝していた。

ヒルは、著作活動のほか、一九一七年にはウィルソン大統領の広報官補佐を、一九三三年から一九三六年にかけて、フランクリン・ルーズベルト大統領のアドバイザーをそれぞれ務め、また、一九五二年から一九六二年にかけてコンバインド・インシュアランス・カンパニーの社長であったW・クレメント・ストーンと協力して事業に取り組んだりした。

なお、被告会社は、前記「第1期/加盟店募集要綱」中において、ナポレオン・ヒル・プログラムについて、「二〇年後の一九二八年に初期プログラム完成。そして実践の場での有効性を調査し、再び検討を重ねて五二年後の一九六〇年に、遂にPMAプログラム完成」と述べている。そして、ここで、初期プログラムと述べているのは、「The Law of Success」のこと、PMAプログラムと述べているのは、「Success Through a Positive Mental Attitude」のことと認められる。

6  以上の事実に基づいて、第一ないし第四の記載が虚偽であるか否か及び原告らの営業上の信用を害するか否かについて検討する。

(一)  平成五年法律第四七号による改正前の不正競争防止法一条一項六号所定の「他人ノ営業上ノ信用ヲ害スル虚偽ノ事実」の陳述、流布には、他人の営業上の信用を害する論評、評価で、〈1〉その論評、評価の前提となる事実が存在しないか、示された前提事実が虚偽であるもの、又は、〈2〉論評、評価の方法において、前提となる事実を示すことなく単に他人の信用を害する論評、評価を加え、あるいは、示された前提事実が真実であっても、論評、評価の内容において、その事実からそのような論評、評価を行なうことが社会的に妥当でないもの、の陳述、流布を含むものと解するのが相当である。

即ち、競争関係にある他人の営業を誹謗することによって相手を不当に競争上不利な立場に陥らせることの不正競争性は、陳述、流布の内容が事実であるか、論評、評価であるかによって変わりはなく、右〈1〉又は〈2〉に該当する他人の営業上の信用を害する論評、評価は、真実に立脚していないという点で虚偽の事実と同じく不当であるからである。

(二)  第一の記載

第一の記載は、前記4認定のとおり、原告田中等について、「自分達自身にも、自分達の能力にも、また自分達が販売しているプログラムにも明らかに自信がないのです。日本には、一億二千万の人口があるにも拘らず、鯨に取りついた蛭のように我々の血を吸わなければ生きていけないと思っているようです。」と述べたものであり、文面上は原告田中らの心理状態を事実として記述しているかのようである。

もとより、人の心理状態も事実であり、とりわけ、自己の心理状態についての陳述、あるいは、自己の心理状態を述べている他人の供述や他人の表情、感情の表出行動などに基づく他人の心理状態についての陳述は事実についての陳述ということができる。

しかし、一般に他人の心理状態を直接認識できない場合に、当該他人の心理状態の直接的な表現とはいえない各種の行動を根拠に、その人物の性格、傾向、行動を評価あるいは論評する表現として、心理状態を表す文言を用いる場合があることは明らかである。

本件の場合、被告会社としては、昭和五九年からSMIプログラムの我国における独占販売権を有し、平成二年当時約一五〇店の販売代理店、約八〇〇名のセールスマンを傘下に擁していたものであるが、原告田中が代表者である原告会社が平成元年頃から同種のプログラムの販売に参入し、当裁判所が別件訴訟で虚偽の事実の陳述流布の不正競争行為に該当すると判断した部分を含む雑誌セールスの記事広告や、雑誌日経ベンチャーの記事広告を掲載し、被告会社の販売代理店三〇店以上に、原告会社の販売代理店募集要領を送付するなどしたため、被告会社の販売代理店から、被告会社へ、原告会社の右のような行為の営業上の影響の報告や対応策の要求が出されたので、これに対する対応として、被告マイヤーから各販売代理店の代表者へ送られた手紙の中で、前記4認定の第一段落、第二段落の文章に続く第三段落の中に本件第一の記載がされたものである。右のような状況を認識している手紙の受取人である販売代理店らにとってはもとより、右手紙のみを読む第三者にとっても、第一の記載は、第一段落、第二段落に示された原告田中や原告会社の行動、即ち、先発同種業者である被告会社の取扱商品やそのプログラム開発者である被告マイヤーにつき虚偽の事実を陳述して信用を毀損した上、被告会社の販売代理店に対し、自己の代理店の募集要綱を送付して、被告会社の販売代理店から原告会社の販売代理店に替わることを勧誘したとも評価される行為をしたことから、競争相手であり、かつ、我国における自己啓発プログラム販売の先行企業である被告会社との商業上正当な方法での競争に不安を持っているものとみて、「自分達自身にも、自分達の能力にも、また自分達が販売しているプログラムにも明らかに自信がないのです。」と評価し、また、多くの潜在的顧客が見込まれる日本で、独自に顧客を発掘するのではなく、虚偽の事実による中傷で被告会社の販売店が原告会社の販売店に替わるよう仕向けていることを「鯨に取りついた蛭のように我々の血を吸わなければ生きていけないと思っているようです。」と評価しているものであることは明らかである。

このような事実に基づく評価が不正競争防止法にいう虚偽の事実に該当するか否かは、文言に直接表現された心理状態、即ち、原告らが自分達自身、自分達の能力、自分達が販売しているプログラムに自信を持っているか否かによって判断するのではなく、評価の前提として示された行動についての陳述が虚偽か否か及び、その行動を、問題の心理状態を示す表現を用いて評価することが一般的に相当性を欠くか否かによって判断すべきものである。

本件の場合、第一の記載による評価の前提として示された、原告会社や原告田中が被告会社の取扱商品や被告マイヤーについて虚偽の事実を含む記事広告を掲載し、被告会社の販売代理店に原告会社の販売代理店への鞍替えを勧めるかのように販売代理店募集要綱を送付したことは右1、2認定のとおり真実であり、かつ、それらの原告田中や原告会社の行動を第一の記載のような表現で評価することが社会的に妥当性を欠くものともいえないから、第一の記載を虚偽の事実と認めることはできない。

(三)  第二の記載

第二の記載は、原告田中を嫉妬し、憎悪や妬みを持ち、自己本位の人間の例とし、貪欲であるとするもので、原告田中の性格傾向に関する抽象的な評価、あるいは論評にあたる表現であるが、前記4認定の本件文書の内容、特に、第一段落ないし第四段落の記載からすれば、第一段落、第二段落に示された原告田中や原告会社の行動、即ち、先発同種業者である被告会社の取扱商品やそのプログラム開発者である被告マイヤーにつき虚偽の事実を陳述して信用を毀損した上、被告会社の販売代理店に原告会社の販売代理店に替わるよう働きかけた行動から、原告田中を嫉妬し、憎悪や妬みを持ち、自己本位の人間、貪欲であると評価するものである。このような、第二の記載の評価の前提として示された事実が真実であることは前記認定のとおりであり、そのような事実によれば、右のような行動をした原告田中を自己本位の人間であると評価することが社会的妥当性を欠くということはできないから、第二の記載中、原告田中を自己底位の人間と表現したことを虚偽の事実ということはできない。

他方、右のような前提事実から、原告田中を、嫉妬し、憎悪や妬みを持つ人間、あるいは他の人の成功のゆえに嫉妬し、貪欲になると評価することは短絡に過ぎ、社会的に妥当なものということはできず、虚偽の事実というべきである。

なる程、他人を嫉妬し、憎悪し、妬みを持つこと、欲望を持つことは人間であれば多かれ少なかれ有する心性であるが、第二の記載の趣旨は、そのような世間一般の人の心性と同程度のものとして原告田中の性格、傾向を評価しているのではなく、一般人がそうである以上に嫉妬し、憎悪や妬みを持つ人間、貪欲な人間であるとの趣旨と解することができ、前記のような前提事実をもって、そのように評価することに相当性があるということはできない。

しかし、原告田中を嫉妬し、憎悪や妬みを持った人間、他の人の成功のゆえに嫉妬し、貪欲になるとの虚偽の事実を述べることは、事柄が原告田中の極めて個人的な内心の性格傾向にかかわること、原告らの営業は、ナポレオン・ヒル等の著述にかかる自己啓発に関する書籍、プログラムの販売であることを考慮すれば、原告田中に対する個人的な人格攻撃であっても、原告会社や原告田中の営業上の信用を害するものとは認められない。

(四)  第三の記載

第三の記載全体を読めば、第三の記載のうち、「彼が書いたものは、この一冊だけです。」という部分は、ナポレオン・ヒルの著作が少なくとも数冊あることを前提として、ヒルの著作物のうち独創性があるものとして挙げる価値があるのは、「Think and Grow Rich」の一冊に過ぎないことを強調した修辞的表現であることは何人にも明らかである。そうすると、ナポレオン・ヒルが書いた本が他にもあることから、この部分を虚偽ということはできない。

次に、修辞的表現としての「彼が書いたものは、この一冊だけです。」との記載、即ち、ヒルの著作のうち独創性があるものとして挙げる価値があるものは、「Think and Grow Rich」の一冊にすぎない旨及びナポレオン・ヒルのその他の著作が、「Think and Grow Rich」に派生するものか、その類似物か、またはその模倣にすぎない旨の部分について検討するに、前記認定のとおり、原告会社がナポレオン・ヒル・プログラムとして販売しているものは、ナポレオン・ヒルが一九二八年にまとめ上げた著作「The Law of Success」を出発点としているものであり、少なくともこれが一九三七年発行の「Think and Grow Rich」の派生、類似物、模倣にすぎないとする点で虚偽といわざるを得ない。

原告田中が代表者の地位にある原告会社は、ナポレオン・ヒルの著書に基づくナポレオン・ヒル・プログラムを販売しているものであり、その出発点となった「The Law of Success」を含むナポレオン・ヒルの著作が、同人の「Think and Grow Rich」に派生するものか、その類似物か、その模倣にすぎないとすることは、原告田中が代表者である原告会社の商品の出発点となった「The law of Success」の評価を低く見る点でも、著者のナポレオン・ヒルの能力を低いものとする点でも、原告会社及び原告田中の営業上の信用を害するものと認められる。

(五)  第四の記載

第四の記載中の、「その後」とは、第四の記載の直前の第三の記載からして、「Think and Grow Rich」という本を書いた後のこと、「成功の法則」という書名は、ナポレオン・ヒルの著書である「The Law of Success」のこと、「成功の科学」とは、現在ナポレオン・ヒル財団が出版している「PMAサイエンス・オブ・サクセス」のこと、「この本」とは、第三の記載に挙げられている「Think and Grow Rich」のことを指すものと考えられる。

したがって、第四の記載の趣旨は、「ヒルは、「Think and Grow Rich」を書いた後、「The Law of Success」、「PMAサイエンス・オブ・サクセス」などといった別のタイトルで「Think and Grow Rich」を売りながらその人生を送りました。売上げは上がらず、成功もしませんでした。」ということになる。そして、「この本を売りながらその人生を送りました。」、「売上げは上らず、成功「も」しませんでした。」との表現からすれば、ここにいう「成功」とは、本の売上げの面での成功とは別の、人生における成功をいうもので、第四の記載は、「成功の法則」、「成功の科学」というタイトルの本を書き、これを売っていながら、本人は成功できなかったとの趣旨を暗に示したものと解することができる。そして、これらの出版物がどの程度売れたのかは、二〇〇〇万部、三〇〇万冊とする証拠もあるが、その根拠は必ずしも明らかではない。しかしながら、前記5認定のとおり、「Think and Grow Rich」は一九四二年までに一一万六五〇〇部が発売され、ナポレオン・ヒルが死亡した一九七〇年にも継続して販売されており、被告マイヤーが一九六〇年に自己啓発についての著書をレコード化して販売する事業を始めた時最初に商品化したものであること、一九八五年頃以後も被告マイヤーが実権を握るSMIが雑誌の綴込広告で同書のテープを無料で送ると宣伝していること等を考え合わせると、「Think and Grow Rich」は最初の出版から五〇年近くにわたってアメリカ国民に受け入れられており、その販売部数も相当数に上ったものと推認され、販売部数の面でも、また息長くアメリカ国民に受け入れられたという意味でも、書籍の著者として成功したと認めるのが相当である。また、ウィルソン大統領の広報官補佐やフランクリン・ルーズベルト大統領のアドバイザーを務めたという前記ヒルの経歴等によれば、社会的な意味でも、ヒルは成功しなかったとは言えないと認められる。したがって、第四の記載も虚偽の事実の陳述に当たるものといわざるを得ない。右のような虚偽の事実の陳述である第四の記載は、自己啓発に関する書籍、プログラムを販売する事業として、ナポレオン・ヒルの著作に基づくナポレオン・ヒル・プログラムを販売している原告会社及び代表者である原告田中の営業上の信用を害するものと認められる。

(六)  右(二)ないし(五)のとおり、第三の記載及び第四の記載は、原告らの営業上の信用を害する虚偽の事実であり、その陳述、流布は不正競争行為に該当するが、第一の記載及び第二の記載中、原告田中が自己本位の人間で貪欲であるとする部分は虚偽の事実とはいえず、第二の記載中その余の部分は原告らの営業上の信用を害するものとは認められない。

三  右二3に認定したとおり、本件文書は被告マイヤーが英文で書き、被告会社が被告マイヤーの指示に従って、日本語に翻訳して、被告会社の販売代理店一二〇社ないし一三〇社の社長あてに送付したものであり、被告らが本件文書を流布したものということができる。

当裁判所が右二に虚偽の事実であると判断した事実についても不正競争行為を争う被告らの態度に、当事者間には他にも訴訟事件があり紛争中であることを考慮すると、被告らは将来なお右二に認定判断した原告らの営業上の信用を害する虚偽の事実と同趣旨の陳述、流布を行うおそれがあるものと認められる。

よって、原告らの請求の趣旨2の請求中、第三の記載、第四の記載の趣旨を口頭で陳述し、あるいはそれらの趣旨の記載のある文書の流布の差止めを求める部分(請求の趣旨2中の「(ナポレオン・ヒルが)アメリカでも評価されていない」との部分は、第四の記載に相当するものと認める。)は理由があるが、同2のその余の部分は理由がない。

なお、原告らは、原告らをブヨ、りんごにたかる虫、狼、サダム・フセインなどにたとえる表現の陳述、流布の禁止をも請求しているが、それらの陳述、流布のあったこと、今後、そのおそれがあることを請求原因としては主張しないから、右請求は理由がないという外はない。

四  被告らの不正競争行為による損害賠償責任について検討する。

1  右二6に認定した虚偽事実の内容及びこれを被告マイヤーが販売代理店の社長あての英文の文書に記載し、被告会社がこれを日本語に翻訳して一二〇店ないし一三〇店の社長に送付したという行為に照らせば、前記認定の不正競争行為は、被告らが共同で行ったものであり、被告らには少なくとも過失があったものと認められる。

2  原告らは、被告らの行為によって、原告らが本来販売し得たナポレオン・ヒル・プログラムを販売できず、各原告について二〇〇〇万円、総額四〇〇〇万円を下らない損害を被った旨主張し、弁論の全趣旨によって真正に成立したものと認められる甲第三〇号証には、原告会社及び原告会社の販売代理店のナポレオン・ヒル・プログラムの販売高は、平成二年が一五億三〇〇〇万円、平成三年が二七億五〇〇〇万円、平成四年が二六億一〇〇〇万円、平成五年が一四億四〇〇〇万円であった旨の記載があり、甲第五号証の一ないし三及び六中には、原告会社の販売代理店の販売員が販売活動をした際に、相手から、被告会社の販売代理店の販売員が、第三の記載、第四の記載と同様の趣旨の説明をしていたと聞いたり、そのことを理由に商談を断られたりした旨の部分がある。しかし、右甲第五号証の一ないし三及び六の真正な成立の証明はなく、また前記甲第三〇号証によれば、ナポレオン・ヒル・プログラムは定価が三九万八〇〇〇円から一四四万円と相当高価なものであることが認められ、また、同プログラムは、自己啓発あるいは成功の哲学と称してはいるが、我国の一般社会からは、真にそうか否かは別として、単なる金銭的成功の方法論と受け取られかねず、しかも、商品の性質上これを活用するには購入者も学習を続ける等相当の努力をする必要があることが明らかであって、購入が期待できる客層は限られているものと考えられること、裁判所に顕著な、我国の経済一般は、平成三年以降はバブルの崩壊と呼ばれる景気の低迷が始まり、個人の高級商品の消費も直前の好況の時期よりも低下していることを考慮すると、原告会社のナポレオン・ヒル・プログラムの売上げ減少の全部あるいは一定の割合が被告らの前記不正競争行為との間に因果関係があるものと認めるには足りない。

3  原告らは損害として、最終的には得べかりし利益の損失のみを主張するが、これが認められない場合は、営業上の信用毀損による無形損害を主張する趣旨であることは明らかであるので、この点について検討する。

右二に認定した虚偽事実の内容、虚偽事実の記載された文書の送付先が被告会社の販売代理店一二〇店ないし一三〇店の社長に限られており、広く一般に配布したり、新聞、雑誌等に広告したものではないこと、送付に至る経過も、原告らが有名出版社から出版されている雑誌である「セールス」及び「日経ベンチャー」に被告らの営業上の信用を害する虚偽の事実を含む記事広告を掲載し、被告会社の販売代理店に対し原告会社の販売代理店募集要領を送付する等の行為に出たため、被告会社の販売代理店から被告会社に、記事広告の内容についての質問があったり、原告らの行為に対する対応を求められたことから、被告マイヤーが販売代理店の社長あてに、原告らに対し訴訟を提起したことを説明し、判決まで忍耐が必要であることを理解してもらうための書簡中に前記第三の記載及び第四の記載があったもので、原告らからの不正競争行為に対応する過程での行為であること等の事情を考慮すると、被告らの不正競争行為によって生じた原告らの信用毀損による無形損害を償うに足りる金額は、原告田中及び原告会社につき各三〇万円が相当と認められ、これを超える金額が相当であることを認めるに足りる証拠はない。

五  謝罪広告の必要性について検討する。

前記二に認定した虚偽事実の内容、虚偽事実の記載された文書の送付先が被告会社の販売代理店一二〇店ないし一三〇店の社長に限られており、広く一般に配布したり、新聞雑誌等に広告したものではないこと、右四3に認定したような送付に至る経過、及び無形損害についての賠償を認容することを考慮すると、信用回復のために原告らの請求するような謝罪広告を命ずる必要性は認められない。

六  名誉毀損による不法行為を理由とする請求について判断する。

1  他人に対する社会的評価を低下させる行為である名誉毀損は、その人について社会的評価を低下させるような事実を公表することによっては勿論、その人について社会的評価を低下させるような論評、評価を社会的に示すことによっても成立する。もっとも、論評、評価の対象となったことがらが、公共の利害に関するか、社会の関心事であって、論評、評価の前提となる事実が主要な点において真実である場合には、論評、評価の対象者に対する人身攻撃、悪罵等論評、評価の域を逸脱したものでない限り、名誉毀損の不法行為の違法性を欠くものである。そして、右の社会の関心事とは、一般社会全体の関心事がそれに含まれることは当然であるが、その論評、評価が広く一般社会に公表されるものではなく、限られた範囲の社会に示されたものである場合には、その社会にとっての関心事であれば足りるものと解するのが相当である。

本件の場合についてみると、本件文書が被告会社の販売代理店一二〇社ないし一三〇社の社長にあてられたものであることは前記認定のとおりであり、それらの販売代理店の社長及びその従業員等関係者にとって、被告らと競争関係にあり、不正競争行為をしかけて来た原告らの取扱商品、原告会社や原告会社代表者である原告田中の行動や性向は関心事であったものということができる。

2  第一の記載

第一の記載が原告らの心理状態についての事実についての記載ではなく、原告らの行為についての評価の記載であること、評価の前提として示された事実が真実であること、前提事実に示された原告らの行動を第一のような表現で評価することが社会的妥当性を欠くものといえないことは二6(二)に判断したとおりである。そして、第一の記載は、本件文書のあてられた被告会社の販売代理店の社長及びその従業員等関係者にとって関心の的である、自分達と競争関係にあり不正競争行為をしかけて来た原告らの取扱商品及び原告らの行動についての評価であり、原告らに対する人身攻撃や悪罵でもないものと認められる。したがって、第一の記載をもって違法に原告らの名誉を毀損するものということはできない。

3  第二の記載

第二の記載が原告田中の性格傾向についての評価、論評にあること、それらの論評、評価の前提として示された事実が真実であること、そのような事実を前提として原告田中を自己本位の人間であると論評、評価することが社会的妥当性を欠くとはいえないことは二6(三)に判断したとおりである。そして、第二の記載中、原告田中を自己本位の人間であるとすることは、本件文書のあてられた被告会社の販売代理店の社長及びその従業員等関係者にとって関心の的である、自分達と競争関係にあり不正競争行為をしかけて来た原告会社の代表者でもある原告田中の行動に基づく原告田中の性格についての評価であり、原告田中に対する人身攻撃や悪罵とはいえないものと認められる。したがって、第二の記載中原告田中を自己本位の人間である旨の部分をもって、違法に原告らの名誉を毀損するものということはできない。

しかし、第二の記載中、原告田中について、嫉妬し、憎悪や妬みを持ち、貪欲であるとする部分は、原告田中の社会的評価を低下させるものであり、前提事実に基づく評価であるとはいえ、社会的妥当性の範囲を越える人身攻撃や悪罵というべきものであって、相当性を欠き、原告田中の名誉を毀損する違法なものと認められる。原告田中は原告会社の代表者であるが、右部分は原告田中の極めて個人的な内心の性格、傾向にかかわることであり、原告会社の名誉を毀損するものとは認められない。

4  第三の記載、第四の記載

第三の記載は、ナポレオン・ヒルの著作の独創性についての記載であることは前記二6(四)に判断したとおりであり、第四の記載は、ナポレオン・ヒルの人生についての事実、著作の売上げ、成功したか否かに関するものであることは前記二6(五)に判断したとおりである。

原告会社が扱っている商品はナポレオン・ヒルの著作に基づくプログラムであるが、そのことから第三の記載及び第四の記載が原告会社や原告田中の名誉を毀損するものと認めることはできない。

5  右2ないし4のとおり、第二の記載中、原告田中について、嫉妬し、憎悪や妬みを持ち、貪欲であるとする部分は、原告田中の名誉を毀損する違法なものであるが、右部分は原告会社の名誉を毀損するものとはいえず、第二の記載中その余の部分、第一の記載、第三の記載、第四の記載は、原告らの名誉を毀損するものとはいえない。

第二の記載中の右違法部分の内容自体から、右のような記載をするについては、被告らに故意があったものと認められ、被告らは共同不法行為者としての責任を負う。

6  第二の記載中、前記違法部分を含む本件文書の送付による原告田中の損害について検討する。

原告田中は、被告らの行為によって、原告らが本来販売し得たナポレオン・ヒル・プログラムを販売できず、原告田中につき二〇〇〇万円を下らない損害を被った旨主張するが、前記四2と同様の理由により、原告らのナポレオン・ヒル・プログラムの売上げ減少の全部あるいは一定の割合が、被告らの前記名誉毀損との間に因果関係があるものと認められない。

原告田中は、名誉毀損による損害として、得べかりし利益の損失のみを主張するが、これが認められない場合は慰謝料を主張する趣旨であることは明らかであるので、この点について検討する。

右3に認定した第二の記載中の違法部分の内容、この違法部分が記載された文書の送付先が被告会社の販売代理店一二〇店ないし一三〇店の社長に限られており、広く一般に配布したり、新聞、雑誌等に広告したものではないこと、送付に至る経緯も前記四3に判断したように、原告らからの不正競争行為に対応する過程での行為であること等の事情を考慮すると、被告らの各誉毀損の不法行為による原告田中の精神的苦痛を償うに足りる慰謝料は一五万円が相当と認められ、これを超える慰謝料が相当であることを認めるに足りる証拠はない。

7  謝罪広告の必要性について判断するに、第二の記載中の違法部分の内容、本件文書の送付先の範囲、送付に至る経過、慰謝料を認容することを考慮すると、原告田中の名誉を回復するために、原告田中の請求するような謝罪広告を命ずる必要性は認められない。

8  右1ないし7のとおり、名誉毀損による不法行為を理由とする原告らの請求は、原告田中について損害賠償金一五万円を求める限度で理由があるが、その余の請求はいずれも理由がない。

七  よって、原告らの本訴請求は、本件口頭弁論終結時に施行されていた平成五年法律第四七号による改正前の不正競争防止法一条一項六号に基づく主文一項掲記の限度での陳述、流布行為の差止め、同法一条の二第一項に基づく損害賠償金として各原告につき三〇万円ずつ、及び名誉毀損による損害賠償金として原告田中につき一五万円、並びに右各金員に対する不正競争行為及び不法行為の日以後である平成三年八月一四日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払いを被告ら各自に請求する限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西田美昭 裁判官 大須賀滋 裁判官宍戸 充は転補により署名押印することができない。 裁判長裁判官 西田美昭)

謝罪広告

私ポール・ジェイ・マイヤーと弊社ビー・ジェイ・エム・ジャパン株式会社は、自己啓発書及び同プログラムの製作、販売について競争関係にある株式会社エス・エス・アイとその社長であり、自己啓発書の著述家である田中孝顕氏及び御社及び田中氏が普及に努めておられるナポレオン・ヒル博士の自己啓発プログラムにつき、多くの虚偽の事実と名誉毀損にあたる表現等を含む文書を作成し、今年四月弊社の全国代理店あてに郵送して流布し、弊社代理店の中には、これを信じてセールスに伴い、その虚偽の内容をさらに一般市民に流布したものがありました

これにより御社及び田中氏、ひいてはナポレオン・ヒル博士の思想に対し、その社会的評価を下落させ、名誉を毀損し、かつ、貴社に営業上多大の損害を与えたことを誠に申し訳なく存じます、ここに私共の違法行為につき深くお詫びすると共に、以後いかなる方法においても虚偽事実を陳述、流布するなどの違法行為をくり返さないことを誓約し、御社と田中氏の営業上の信用回復のためにここに謝罪の意を表明します。

一九九一年 月 日

アメリカ合衆国 テキサス州 ウェイコ

エヌヴァレイミルズ ドライブ 二五二四

ポール・ジェイ・マイヤー

東京都港区麻布台三丁目五番五-一二〇一号

ピー・ジェイ・エム・ジャパン株式会社

右代表者代表取締役 有田平

東京都新宿区西新宿六-六-三

新宿国際ビルディング新館

株式会社エス・エス・アイ 殿

東京都世田谷区船橋六-一七-六

田中孝顕殿

虚偽事実目録

一 原告らの販売する商品の原著者であるナポレオン・ヒルの著作のうち独創性があるものとして挙げる価値があるものは、「Think and Grow Rich」の一冊にすぎない。

二 ナポレオン・ヒルのその他の著作が、「Think and Grow Rich」に派生するものか、その類似物か、またはその模倣にすぎない。

三 ナポレオン・ヒルの著書である「Think and Grow Rich」の売上げは上がらなかった。

四 ナポレオン・ヒルは成功できなかった。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例